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海洋国家オランダ [ミュージアム]

マロニエの白い花がキレイに咲いていた頃・・・

・・・ックシュン。 


と、その花粉にも悩まされてたのだった。

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久々にミュージアムの話の続き。 上の写真は博物館の窓から見えたマロニエ

4月の終わり頃、アムステルダム中央駅からへと歩き、海事博物館海運博物館に行った日。
オランダ語で、Het Scheepvaartmuseum ヘット・スヒェープファールトミュゼーウム

 ※ 前回のお話は、こちら


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窓から西側を見た時のアムステルダムの様子。

中央の円屋根と塔はアムステルダム中央駅前にあった聖ニコラース教会
その右隣の尖塔2つはPosthoornkerk ポストホールンケルクという教会

さらに右には、背の高いビルがあって、それから煉瓦造のアムステルダム中央駅

その右で煙を上げているのが、Centrale Hemweg セントラール・ヘムヴェフという発電所
燃料は石炭天然ガス

博物館の中でいくつか開催してた展示で興味をそそられたのは・・・

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・・・常設展の"Het verhaal van de walvis"「クジラの物語」

オランダはかつては捕鯨を行っていた国だった。 始めたのは17世紀で、北極海南極海での遠洋捕鯨
鯨肉、ベーコンからの油脂、鯨の肋骨が市場に出回ったそう。 鯨油ランプに使われたとか。

北極海のスピッツベルゲン島付近の鯨の数が少なくなり、1873年に一旦、捕鯨は中止。 
しかし、第二次世界大戦後にあらゆるものが不足となり、主に鯨油の生産のために捕鯨再開。

副産物だった鯨肉日本にも。 

最後の捕鯨船の航海となったのは1964年。 国際捕鯨委員会が捕鯨の制限を決定したのと、
鯨油に代わる菜種油石油ガス灯などが登場したため。


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捕鯨の様子がお皿にも描かれたり。 当初、捕鯨船は木造の帆船だったよう。 12枚あった内の6枚目。


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北極海の入り江での捕鯨の様子を描いた油絵(1700年)の一部。 ライトが反射して全部撮れず。
オランダの画家 Abraham Storck アーブラハム・ストーク(1644-1708)の作品。

手前の氷の岸のそばにクジラが。 その向こう、小舟の先に銛を振り上げてる人がいる。

現在のオランダは、捕鯨反対の立場を取っているよう。


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これは"De Gouden Eeuw"「黄金時代」常設展で見たものだったかな。

オランダ東インド会社の帆船と長崎湾だそうで、ガラスにペイントされた風景。
おそらく18世紀日本で作られたものらしいとのこと。 左にある建物のあたりは出島かな。

とにかく展示が豊富で、船首像のコレクション、羅針盤と星、そして・・・

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・・・日本風景写真も。 1896年頃の横浜のメインストリートらしい。 どの辺りだろうな。

結構高いところから見下ろしてるから、か何かあったのかも。


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こっちは、1896年頃の東京だそう。 1896年というと明治29年。 今から123年前。

時の流れは恐ろしいものだなと思う。
100年後、今の日本の街は、どんな風に変わってしまってるんだろうな。


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1939年のオランダの客船"Oranje"「オラニエ」のファーストクラスのラウンジから。
陶器のモザイクパネルと寄木らしき円卓

円卓には牛の上に女性の姿。 
ギリシア神話、白い牡牛に変身したゼウスによって連れ去られた王女エウロぺの場面らしい。


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病院船の模型もあった。

一通り全部展示を観たと思ってたけど、あとでサイトをチェックしたら、
まだ見落としていたところもあるみたい・・・なんて広いんだろう。


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ミュージアムを出る前に、もう一度、北翼から外へ出た。

桟橋の一角に、オオバンの巣があったのだけれど、巣材にプラスチックが多いの、なんか悲しい。
布団のように、器用にビニール袋を体にかぶせていた。


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少しは空が明るくなったかなと、帆船を再び見にきたけれど、あまり変わらなかったかな・・・。

この後、ショップに寄ってからミュージアムを後にした。


国としてはそんなに大きくはない海洋国家オランダ。 

捕鯨のために北極海南極海へ向かい、東インド会社ジャワ島日本まで商売に来ていたと思うと、
航海技術はもちろん、その行動力、意気込みに圧倒される。




日本にいた時、よく食べていたのがアジの開き干物
それはオランダ産だった^^。

輸出用らしく、オランダ国内では売ってないのが残念・・・。

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コメント 21

ma2ma2

オランダやポルトガルなどヨーロッパの国土が小さい国は海に出て行きましたね!
世界地図がまだあやふやな時代に日本まで良く来ましたと感心します。
by ma2ma2 (2019-07-30 18:17) 

ぴーすけ君

捕鯨国だったんですね。
知りませんでした。
by ぴーすけ君 (2019-07-30 18:50) 

そら

この時代に南極や北極への遠征は大変だったでしょうねぇ
どのぐらいの時間がかかったのだろう??
by そら (2019-07-30 18:57) 

まいやん

大きな鯨の絵
迫力がありますね~(^-^)
by まいやん (2019-07-30 18:57) 

Boss365

こんにちは。
オランダが捕鯨国だった事初めて知りました。
USAは鯨油・燃料が中心で肉は食べていなかったと効いた事あります、
「日本の風景」興味深いです!!
オランダ・東インド会社と交易があっての貴重な資料ですね!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2019-07-30 20:00) 

riverwalk

昨年、和歌山の太地町立くじらの博物館に行ったことを思い出しました。
オランダも捕鯨をしていたんですね。
くじらの竜田揚げがおいしかったです^^
by riverwalk (2019-07-30 21:02) 

coco030705

オランダは捕鯨王国だったんですね。今はやめてしまったんでしょうか。日本の捕鯨はどうなるのだろうと、気になりました。
帆船、やはりカッコいいですね。

by coco030705 (2019-07-30 22:52) 

めぎ

なんと言ってもさまよえるオランダ人ですもの、オランダと言えば海洋というイメージ、強いですね。
あ、マロニエもですか…その頃ポプラも飛んでるし、くしゃみいっぱい出そうですね。
by めぎ (2019-07-31 02:03) 

斗夢

鯵の開きがオランダ産。びっくりですね^^。
by 斗夢 (2019-07-31 06:37) 

YAP

オランダも捕鯨していたとは、知りませんでした。
今は反対の立場をとっているそうですが、今に至る国の考え方の変化の部分を知りたいですね。
by YAP (2019-07-31 08:14) 

tommy88

捕鯨はそろそろ辞めてほしいと思っております。
あんなものは文化でもなんでもなく、野蛮です。
大きな魚ではなく哺乳類と知れば、反対したくなります。
少数のアイヌ民族が「伝統」を守るのとは全く違うと思います。
食べる気にもならないけれど、捕鯨は文化ではありません。

by tommy88 (2019-07-31 11:02) 

バニラ

横浜の昔のメインストリートと言ったら、伊勢佐木町かな?

by バニラ (2019-07-31 18:53) 

(。・_・。)2k

横濱の写真はJackかも知れませんね
なんとなく風景がそんな気がします

by (。・_・。)2k (2019-07-31 20:22) 

marimo

現在のように公開技術がまだ未熟な時代に日本や
北極、南極まで捕鯨に出ていたというのは命がけの航海だったでしょうね。横浜のメインストリートってどこだろう、キングの塔. クイーンの塔. ジャックの塔というのがあったようですが。その塔からの景色かしら。
by marimo (2019-07-31 21:32) 

miffy

100年前と今の写真を並べて展示したら面白いでしょうね。
フェニキアの時代から海洋国家と言われた国々は新しい世界を開拓してきたんでしょうね。
オランダ産のアジの干物なんてあるんですね。
by miffy (2019-07-31 23:09) 

みち

京浜工業地帯にある実家から煙突の煙はよく見えるのですが、
外国で見えるのは何だか不思議に思います。
捕鯨の歴史は深いですね。オランダさんの鯵の開き?
オランダでも売っていると良いですね!
by みち (2019-08-01 00:59) 

mitu

オオバンの巣、プラスチックゴミの問題は深刻ですね
オランダの青年が中心になって、海からプラスチックごみを取り除く活動をしているのをテレビで視ましたよ…このままではダメですよね!
特に日本はプラスチックを使いすぎてると思います(>_<)
by mitu (2019-08-01 16:15) 

JUNKO

オランダが捕鯨王国だったなんて知りませんでした。
by JUNKO (2019-08-01 20:17) 

Inatimy

→皆さま「海洋国家オランダ」のお話にnice!やコメントをありがとうございました。海に面した国な上に、運河や水路、池など水があるところが多く、ボートや船をたくさん見かけます^^。ゴムボートから大きな船まで。

→ma2ma2さま
アジアまで来る船の建造や費用、小さな国でもそれができた、オランダの黄金時代ですね^^。はるばるやってきて、鎖国の中でも日本と貿易を続けられた国、たくましいです。

→ぴーすけ君さま
私もオランダに来るまで知らなかったです^^。しかも北極や南極にまで遠征してたとは。

→そらさま
いくまでにどのくらい時間がかかったかわからないけど、捕鯨期間は60日から120日で、なかなか帰って来られなかったのがよくわかります。寒い中での労働、過酷だったでしょうね・・・。

→まいやんさま
3枚目のは鯨を銛で遠くから狙ってる人で、鯨と船の間が通路になってて、鯨の向こう側、あの目から、どんな風に見えるのかのぞけるようになってました^^。

→Boss365さま
オランダも主に鯨油だったようですが、鯨の中でもイッカクは、そのツノがユニコーンの角だと偽って販売されたりしたようですよ。日本の風景、まさかオランダでこんな貴重な資料に出会えるとは^^。

→riverwalkさま
くじらの博物館、子供の頃に行った覚えがあります。ヒゲみたいなものを買ってもらったような記憶が^^。昔は給食で鯨肉が出て他のを思い出します。

→coco030705さま
最後の捕鯨船の航海となったのは1964年です^^。現在のオランダは、捕鯨に反対の立場を取ってます。

→めぎさま
ワーグナーのオペラですね^^。船であちこち、冒険心、旺盛ですよね。花粉、杉がほとんどなくてオランダに来て数年は平気だったのに、フランスに引っ越してパリの街路樹にマロニエがいっぱいで、それで花粉症になり、オランダに戻ってきたらハンノキとかハシバミあたりの花粉にも反応・・・^^;。

→斗夢さま
まさか、よく食べていたアジの開きの国に引っ越してくるとは思いもよらず^^;。なのに、アジの開きは売ってなくて・・・。

→YAPさま
捕鯨をやめたのは鯨油に代わるものが登場したのと国際捕鯨委員会が捕鯨の制限をしたのとが理由のようです。捕鯨をやめちゃったし、オランダは小さな国だから、ひょっとしたら欧州で反対が多い中、賛成と声を上げることできなかったのかもしれませんね・・・圧力感じて。

→tommy88さま
大きな魚でなく哺乳類だから反対・・・それはちょっとおかしいと思います。牛や豚だって哺乳類ですもの。魚類や鳥類は食べてもよいとか分類で決めるのは変かと。そして植物にだって命があり、生き物と命の重さは同じ。私たちが口にするもの、全て元は命があったもの。人は何かを食べないと生きていけず、だから「(命を)いただきます」と手を合わせて感謝して食べるんですよ。もちろん無駄な殺生はいけないけれど。日本人は打ち上げられた鯨を鯨塚で祀ったりも。だから鯨を食べること、捕鯨を野蛮だの一言で片付けられないと思うのですが・・・・。

→バニラさま
この横浜の写真、場所を調べてみました。弁天通りではないかと。河北時計店というお店に時計塔があって、そこから撮ったものだと私は推測^^。外国人に日本の産物を売る店が集まっていたとか。

→ (。・_・。)2kさま
Jackは1896年ごろにはまだ建ってなかったようです。横浜の弁天通りだと推測。横浜開港資料館のサイトで、反対側から見た、塔を見上げた、それらしき絵葉書を見つけました。河北時計店の時計塔らしいです^^。

→marimoさま
横浜の写真、おそらく弁天通りで、当時は日本人向けに舶来もの、外国人向けに日本の産物を売る店が並んでいたそうです^^。塔は、河北時計店という店にあった時計塔らしいです。ジャック、クイーン、キングの塔、その中でも一番古いジャックの塔でも1917年にできたものなので、写真の1896年ごろにはまだ存在しなくて。

→miffyさま
100年前の日本、随分と今の時代と違いますよね。パリでたまに昔に描かれた絵画の場所へ行って比較したりしてましたが、ほとんど変わってなかったんですよ^^。いつもオランダ産のアジの干物を食べていたので、オランダにもあるんだ・・・と思って来てみたら売ってなくて、輸出用だったんですよ・・・。

→みちさま
アムステルダムの環状高速道路を走ってる時にもよく見ていた煙を上げる煙突・・・この風景写真で思い出して調べてみました^^。発電所だったんだ。オランダ産の味の開き、残念ながら、オランダでは売ってないんですよ・・・日本への輸出用のようです。鯵の開き・・・オランダ産なのに日本でしか食べられないなんてねぇ^^;。

→mituさま
オランダの青年のゴミの回収の試験的取り組み、こちらでもニュースになってましたよ^^。場所はサンフランシスコだったかな。オランダ、海だけじゃなく、今年、9月の初めだったかに皆でゴミを拾う日があって宣伝してます。良い取り組みですよね。オランダもプラスチック、使いすぎかも。洗剤もシャンプーもつめかえようっていうのがないんですよ・・・・。


→JUNKOさま
私もオランダに来てから知りましたよ。当時の様子を描いた絵画、貴重ですよね^^。
by Inatimy (2019-08-04 18:53) 

暁烏 英(あけがらす ひで)

初めて訪問しました。
半世紀にわたりヨットに乗っているものです。
オランダは、世界一の造船技術を持っている国。そこにお住まいとはうらやましい限りです。
わたしの長年の友人(9代続く造船所の3男)はそちらで造船技術を磨き、日本の匠となりました。
by 暁烏 英(あけがらす ひで) (2019-08-12 23:34) 

Inatimy

→暁烏 英(あけがらす ひで)さま
お越しいただきありがとうございます。よしころんさんところで咲いた朝顔の種の主さまですね^^。あの色、模様、とっても美しかったです。オランダは造船技術も世界一なのですね。球根産業ばかりに目がいってました。日本の匠となられた方、貴重な人材ですね。
欧州転々として様々な体験をさせてもらってます。旅の話、料理、オランダでの散歩話、たまにチューリップやバラやベランダの花の話のブログですが、何かお気に召すものがあれば幸いです^^。
by Inatimy (2019-08-13 05:12) 

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